「導入事例を書きたいのに、お客様から『売上の数字は出さないでほしい』と言われてしまった」「効果はたしかに出ているのに、公開できる数値がなくて記事にできない」。中小企業の広報・マーケティング担当者から、こうした声を非常によく聞きます。事例=数字で語るもの、という思い込みがあると、数字が出せない時点で執筆が止まってしまいがちです。
結論からお伝えすると、事例は数字なしでも十分に説得力を持たせられます。鍵になるのは、行動・時間の使い方・社内の空気・顧客の声といった「定性的な変化」を具体的なシーンとして描くことです。この記事では、数字を公開できない事情の整理から、定性変化を伝える素材の集め方、ストーリーの型、%や相対表現による「公開できる数字の作り方」、景表法に配慮した言い換え表まで、実務でそのまま使える形で解説します。
- 事例で数字を出せない典型的な3つの事情と、その整理の仕方
- 数字がなくても説得力を生む「定性的な変化」5つの素材
- 数字なし事例をまとめるストーリー構成の型(5ステップ)
- 実数を伏せたまま使える%表現・相対表現の作り方とシミュレーション
- 景表法に配慮した誇張回避の言い換え表と公開前チェックリスト
なぜ事例で数字を出せないのか?中小企業に多い3つの事情
まず、「数字が出せない」の中身を整理しましょう。事情によって取れる対策が変わるため、ここを曖昧にしたまま書き始めると途中で手戻りが起きやすくなります。実務で多いのは次の3パターンです。
事情1:顧客側が数字の公開を許可しない
最も多いのがこのケースです。売上や利益は経営の機微情報であり、競合に規模感を推測される、取引先との価格交渉に影響する、といった理由で公開を避けたい企業は少なくありません。特にBtoBでは、導入企業の広報部門や法務のチェックで「実数はすべてNG」となることが珍しくないのです。この場合、後述する%表現・相対表現への置き換えで合意できる余地があります。
事情2:そもそも効果を数値で計測していない
「業務がラクになった」「ミスが減った気がする」という実感はあるのに、導入前のデータを取っていなかったため比較のしようがない、というケースです。中小企業では計測体制が整っていないことのほうがむしろ普通で、恥じる必要はありません。このケースは定性変化の描写が主戦場になります。
事情3:効果が数値化しにくい性質のものである
社内の雰囲気の改善、採用ブランディング、顧客との関係性の深まりなど、成果の性質上そもそも数値化が難しいテーマもあります。この場合に無理やり数字をひねり出すと、かえって根拠の弱い数字になり信頼を損ねかねません。数値化を諦め、変化のシーンを丁寧に描くほうが説得力が出やすい領域です。
当機構にも「事例を作りたいが、先方が数字NGで企画ごと止まっている」という相談が多く寄せられます。話を伺うと、実は『実数がNG』なだけで『変化率なら相談可』というケースが半数近くあります。何がNGで何なら出せるのか、先方に確認する前から諦めてしまうのは、もったいない失敗パターンです。
数字がなくても事例は成立するのか?——読者が本当に見ている部分
結論として、数字なしの事例は成立し得ます。理由は、読者が事例で確かめたいのは「派手な数字」そのものではなく、「自社と似た状況の会社が、どんな課題を、どんな過程で乗り越えたか」という再現可能性だからです。数字は信頼を担保する手段のひとつにすぎず、唯一の手段ではありません。
数字の代わりに信頼を支えるのは「具体性」です。企業名(可能なら)、業種、従業員規模、担当者の役職、導入前に起きていた出来事、実際の発言。こうした固有の情報が積み重なるほど、「作り話ではない」という手触りが生まれます。逆に、数字があっても「導入効果は抜群でした」のような抽象的な文章ばかりでは、読者の心は動きにくいものです。数字なし事例の設計とは、数字が担っていた信頼の担保を、具体性とシーン描写で肩代わりさせる作業だと考えてください。
「数字がない」ことと「具体性がない」ことは別問題です。固有名詞・シーン・当事者の発言という3点が揃っていれば、数字がなくても読者は事例を信頼しやすくなります。逆にこの3点が欠けた事例は、数字を入れても薄く感じられる傾向があります。
定性的な変化を伝える5つの素材——何を取材すればよいか
数字なし事例の中身を支えるのは、次の5つの素材です。取材(ヒアリング)の段階でこの5つを意識して質問すると、書ける材料が一気に増えます。
行動
やり方・手順が
どう変わったか
時間
時間の使い方が
どう変わったか
空気
社内の雰囲気が
どう変わったか
声
顧客・取引先の
反応の変化
素材1:行動の変化——「前はどうやっていて、今はどうしているか」
「以前は毎週金曜に担当者3人が会議室に集まり、紙の帳票を突き合わせていた。今は各自の画面で確認が完結し、金曜の会議自体がなくなった」。このように、具体的な動作レベルでbeforeとafterを対比すると、数字がなくても変化の大きさが伝わります。取材では「導入前の1日の流れを教えてください」と時系列で聞くのがコツです。
素材2:時間の使い方の変化——浮いた時間で何をしているか
削減時間の実数が出せなくても、「月末の残業が当たり前だったのが、定時で帰れる日が増えた」「事務作業に追われていた店長が、売り場に立つ時間を取れるようになった」といった表現は可能です。重要なのは「浮いた時間で何をするようになったか」まで聞くことです。時間の使い道の変化は、そのまま事業の前進を物語ります。
素材3:社内の空気の変化——会話・表情・関係性
「部署間で犯人探しのようなやり取りが減った」「朝礼で若手から改善提案が出るようになった」など、雰囲気の変化は数値化できないぶん、読者の共感を呼びやすい素材です。担当者の主観で構わないので、「社内の会話で変わったことはありますか」と尋ねてみてください。
素材4:顧客の声の変化——お客様から言われることが変わったか
「納期の問い合わせ電話がほとんど来なくなった」「『ホームページを見て雰囲気が良さそうだったから』と言って来店される方が増えた」。導入企業のさらに先にいる顧客の反応は、第三者の評価として機能するため説得力が高い素材です。
素材5:before→afterの具体シーン——象徴的な一場面を切り取る
上の4素材を象徴する「一場面」を見つけられると、事例は一気に読み物として強くなります。「夜10時、最後に事務所の鍵を閉めるのはいつも経理の山田さんだった。いまその時間、事務所の電気は消えている」。こうした映像が浮かぶシーンの対比は、どんな数字よりも記憶に残ることがあります。
数字なし事例のストーリー構成——そのまま使える5ステップの型
素材が集まったら、次の型に沿って並べます。数字なし事例は「結果の派手さ」で引っ張れないぶん、物語の順序で読ませる設計が重要になります。
課題を抽象語(非効率・属人化など)で説明せず、困っていた場面をそのまま描写します。「誰が・いつ・何をしていて・何に困っていたか」。読者が自社を重ねるのはこの部分です。
「なぜ動いたのか」「他の選択肢と比べて何が決め手だったのか」を担当者の言葉で載せます。比較検討の過程は、読者にとって最も参考になる情報のひとつです。
導入時のつまずきや社内の反発も含めて書くと、事例の信頼性が上がる傾向があります。順風満帆な話より、「最初は現場が使ってくれなかった」からの展開のほうが読まれやすいのです。
行動・時間・空気・顧客の声・象徴シーンから、取材で得られたものを2〜3個選んで配置します。全部を詰め込むより、強い素材に絞ったほうが印象は濃くなります。
「これからどうしていきたいか」という未来の話で締めると、前向きな余韻が残ります。最後に担当者の生の一言(推薦コメント)を置くのが定番です。
公開できる数字の作り方——%表現・相対表現のシミュレーション
「実数はNG、でも何かしら数字の手がかりは欲しい」。そんなときに使えるのが、実数を伏せたまま変化の度合いだけを伝える%表現・相対表現です。具体例でシミュレーションしてみましょう。
例:ある会社の月間問い合わせ件数が10件から18件に増えたとします(例示のための架空の数値です)。「10件→18件」という実数が公開NGでも、18÷10=1.8なので「約1.8倍に増加」という表現なら、元の件数規模は特定されません。同様に、月末の締め作業が3日から1日になったなら「約3分の1に短縮」、不良品対応の件数が月8件から2件に減ったなら「約75%減少」と表せます。割り算をして倍率・比率に変換するだけで、公開ハードルは大きく下がり得ます。
| 公開できない実数(例) | %・倍率表現 | 相対・定性表現 |
|---|---|---|
| 問い合わせ 月10件→18件 | 約1.8倍に増加 | 導入前の2倍近い水準に |
| 締め作業 3日→1日 | 約3分の1に短縮 | 月末の残業がほぼ不要に |
| 不良対応 月8件→2件 | 約75%減少 | クレーム対応に追われる週がなくなった |
| 離職者 年5人→1人 | 5分の1に減少 | 「辞めます」の面談が激減した |
| 見積作成 2時間→20分 | 約6分の1に短縮 | その場で概算を出せるようになった |
%や倍率であっても、掲載前には必ず導入企業の確認を取りましょう。また、母数が小さい場合(例:1件→3件を「3倍」と表現)は、実態以上に大きな変化に見えてしまい誇張と受け取られかねません。母数が小さいときは無理に数字化せず、定性表現を選ぶのが安全です。
比喩と情景描写で「見える化」する——文章テクニック
比喩は「読者の日常にあるもの」でたとえる
数値化できない変化は、比喩で輪郭を与えられます。「散らかった机の引き出しが、仕切りケースで整理されたような状態」「カーナビなしの営業からカーナビ付きになったような感覚」など、読者が体験したことのある日常の感覚に置き換えるのがコツです。業界の専門用語でたとえると、かえって伝わりにくくなるので避けましょう。なお、比喩はあくまで感覚の説明であり、効果の保証ではないことが文脈上わかるように書きます。
情景描写は「五感+固有名詞+会話」で組み立てる
抽象的な文を情景に書き換える練習をしてみましょう。「業務効率が改善し、残業が減りました」ではなく、「19時の事務所。以前なら電話と伝票のやり取りでざわついていた時間に、いまは掃除機の音だけが響く。『最終退出の記録、最近つけた覚えがないんですよ』と総務の担当者は笑う」。時刻・音・発言という具体の粒を並べるだけで、同じ事実でも伝わり方が大きく変わります。書き換えの手順は「①抽象語を見つける→②その場面を写真に撮るとしたら何が写るか考える→③写るものだけを書く」の3段階です。
誇張を避ける表現ルール——景表法に配慮した言い換え表
数字がない事例ほど、言葉で盛りたくなる誘惑が強くなります。しかし「必ず」「100%」「絶対」といった断定表現は、実際より著しく優良と誤認させる場合、景品表示法の優良誤認表示に該当するおそれがあります。事例はあくまで「一社の体験談」であり、同じ結果を保証するものではない——この前提が崩れない表現を選びましょう。
| 避けたい表現(NG例) | 言い換え(OK例) | 理由 |
|---|---|---|
| 必ず成果が出ます | 成果につながりやすくなります | 結果の断定・保証を避ける |
| 100%改善します | 改善が期待できます | 全数保証は実証が困難 |
| どんな会社でも効果絶大 | 同様の課題を持つ企業では効果が出やすい傾向があります | 適用範囲を限定する |
| 業界No.1の実績 | (客観的な調査根拠がなければ使わない) | No.1表示は合理的根拠の明示が必要 |
| 劇的に売上アップ | 売上の伸びを実感されています(○○社様の場合) | 個別事例であることを明示する |
あわせて、「※効果には個社差があります」「※本事例は○○社様の一例です」といった注記を添えておくと、読者にも誠実な印象を与えられます。誇張を削ることは訴求力を弱めることではなく、長期的には信頼という最大の資産を守る投資だと捉えてください。
公開前チェックリスト——数字なし事例の品質を担保する8項目
最後に、書き上げた事例を公開する前に確認したいポイントをまとめます。取材から執筆まで丁寧に進めても、最終チェックが抜けるとトラブルの火種になり得ます。
- 導入前の状況が抽象語ではなく「シーン」で書けているか
- 行動・時間・空気・顧客の声のうち、2つ以上の変化が入っているか
- 担当者の生の発言(カギカッコ)が最低1箇所あるか
- %・倍率表現を使う場合、計算根拠を社内に残しているか
- 「必ず」「100%」「絶対」などの断定・保証表現が残っていないか
- 個別事例である旨の注記(個社差あり等)を添えたか
- 掲載内容・企業名・発言の引用について先方の書面確認を得たか
- 読者が「次に何をすればよいか」への導線(問い合わせ等)があるか
よくある質問(FAQ)
- 数字が一切ない事例は、SEOやAIOの観点で不利になりませんか?
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数字の有無そのものより、検索意図を満たす具体性と網羅性のほうが影響は大きいと考えられます。固有のシーンや当事者の発言が豊富な事例は独自性の高いコンテンツとして評価されやすく、%・相対表現を併用すれば構造化のしやすさも補えます。
- 顧客に「社名も出せない」と言われた場合はどうすればよいですか?
-
「製造業A社様(従業員約50名)」のように、業種・規模・地域などの属性で匿名化する方法があります。属性が具体的であれば、匿名でも読者は自社との近さを判断できます。どの属性なら出せるかを先方と一つずつ確認するのがポイントです。
- 取材で定性的な変化をうまく引き出せません。コツはありますか?
-
「効果はどうでしたか」と聞くと抽象的な答えしか返ってきません。「導入前の1日の流れを教えてください」「最近、社内の会話で変わったことはありますか」など、場面や行動を思い出してもらう質問に変えると、具体的なエピソードが出やすくなります。
- %表現なら顧客の許可なしで載せてもよいのでしょうか?
-
いいえ、比率や倍率であっても掲載前に必ず先方の確認を取ってください。実数が推測できる文脈になっていないか、先方の社内規程に抵触しないかは当事者にしか判断できません。書面やメールで承認の記録を残しておくと安心です。
- 体験談やお客様の声をそのまま載せれば景表法上は問題ないですか?
-
実在の声であっても、都合の良い部分だけを切り取って「誰でも同じ結果になる」印象を与えると、優良誤認と判断されるおそれがあります。個別の事例である旨の注記を添え、保証と受け取られる断定表現を避けることが基本です。判断に迷う表現は公開前に専門家へ相談することをおすすめします。
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まとめ:数字がない事例は「シーンの具体性」で勝負する
数字を公開できないことは、事例づくりを諦める理由にはなりません。行動・時間の使い方・社内の空気・顧客の声という定性的な変化を具体的なシーンで描き、5ステップの型で物語として並べれば、数字なしでも読者の信頼を得られる事例は作れます。実数がNGでも%・相対表現で合意できる余地は意外と大きく、一方で「必ず」「100%」のような誇張は景表法リスクにも信頼低下にも直結します。盛らずに、具体的に、シーンで語る——これが数字なし事例の一貫した原則です。まずは既存顧客への取材から、5つの素材集めを始めてみてください。
「うちの事例、数字が出せなくて記事にできていない」「取材や構成から手伝ってほしい」という方は、中小企業の集客支援を専門とする当機構にお気軽にご相談ください。貴社の状況に合わせて、事例コンテンツの企画から公開までを伴走支援します。
一般社団法人 中小企業集客支援機構(本部:大阪市都島区)
「埋もれた価値を、社会の力へ」を理念に、中小企業・スタートアップのマーケティングを支援する非営利団体です。広告運用(Google/Meta/LINE)、SEO・コンテンツマーケティング、クラウドファンディング支援、EC・D2C支援を主な領域とし、全国の事業者の集客を伴走支援しています。
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